
住宅地を歩いていると。
道路から細い通路を入った先。
両側にはすでに家が建っていて、その奥にもまた家がある。
今回紹介する「SKY-DECK」は、そんな場所に建つ住宅です。
接道部は約2m。
道路から奥に入った旗竿敷地で、周囲を住宅に囲まれています。
土地だけを見れば、決して条件の良い土地とは言えないかもしれません。
でも、この家を設計した15年ほど前、私はこの場所を見て「難しい土地だな」とは、あまり考えていませんでした。
むしろ、
この場所だから、どんな家ができるだろう。
そんなふうに考えていたように思います。
この家を設計したのは、もう15年ほど前になります。
今あらためて当時の図面や写真を見返してみると、当時考えていたことが、今の自分の設計にもそのままつながっていることがあります。
そのひとつが、
その場所に馴染む家をつくること。
そして、
そこに暮らす人らしい家をつくること。
これは、今も変わっていないと思います。
家は、そこに突然現れるものではありません。
その土地には、すでに道があり、隣の家があり、向かいの家があり、そこに暮らしている人がいる。
新しく建つ家も、その風景の中に入っていくものです。
だから、建物だけを見て「どんな家をつくろうか」と考えるのではなく、
この場所に、この家が入ったらどう見えるだろう。
そんなことを考えながら設計することが多いです。
この家の外観を見ると、「個性的ですね」と言われることがあります。
確かに、黒い大きな壁に囲まれた外観は、一般的な住宅とは少し違って見えるかもしれません。
でも、設計していたときに考えていたのは、むしろその反対でした。
周囲には、すでにたくさんの住宅があります。
その中に新しく建つ家が、ことさら自分を主張する必要はない。
だから、外観はできるだけ無表情にしました。
形もできるだけシンプルにして、余計な表情をつくらない。
ただ、無表情なままでは少し冷たい。
そこで、外壁の仕上げを考えました。
選んだのは、モルタル塗りの外壁です。
モルタルは、工場でつくられた製品のように、完全に均一な表情にはなりません。
左官職人が鏝を動かして仕上げることで、微妙な凹凸や陰影が生まれます。
同じ材料でも、そこには職人の手による違いが残る。
建物の形は、できるだけ無表情にする。
その代わり、表面には人の手の表情を残す。
そんなことを考えていました。
無表情な外観に、左官屋さんの手の温もりが少し出てくる。
それによって、黒い建物にも、どこか優しさのようなものが生まれればいい。
そんな期待がありました。

そして、もうひとつ、この外壁には仕掛けがあります。
モルタルの上には、ウレタンの黒を塗っています。
ここで選んだのは、一般的に多い艶消しの黒ではなく、敢えて艶のある黒でした。
艶があることで、外壁に周囲のものが映り込むからです。
空が映る。
太陽の光が反射する。
隣の家も映る。
時間や天気によって、外壁に現れるものが少しずつ変わっていく。
黒い壁を、ただ黒く見せたかったわけではありません。
むしろ、周囲のものを映す壁にしたかった。

建物は普通、自分の形や素材によって、その場所に存在します。
でも、この家では少し逆のことを考えていました。
周囲の環境を、建物の側に取り込んでいく。
空や光、隣家。
本来なら建物の外側にあるものが、外壁に映り込むことで、少しずつ建物の表情になっていく。
そうすると、最初は強く見えた黒い箱が、少しずつ周囲の風景の中に馴染んでいく。
今、あらためて写真を見ていると、少し不思議な感じがします。
外観だけを見ると、個性的で、少し奇抜にも見える。
でも、実際にこの住宅地の中に置いてみると、周囲の家に囲まれて、その存在が少しずつ消えているようにも見える。
それは、当時考えていたことと、どこか重なっています。
目立つための黒ではなく、周囲の中に消えていくための黒。
そう考えると、この外観も少し違って見えてきます。
もちろん、この家の設計は外観だけの話ではありません。
周囲を住宅に囲まれたこの土地では、地面に近いところで大きく開くことは難しい。
隣の家が近い。
視線も近い。
光の入り方も限られる。
だったら、無理に地面で開こうとしなくてもいい。
そう考えて、居住スペースを2階に持ち上げました。
1階には、将来増築することもできる余白を残しています。
「狭い土地だから2階」という単純な話ではありません。
この土地で暮らすなら、
どの高さが一番気持ちいいのか。
それを考えた結果、暮らしを少し上に持ち上げることになりました。

2階に上がると、この家の名前にもなっている「SKY-DECK」があります。
周囲には家があります。
だからといって、家の中まで隣の家を意識して暮らす必要はありません。
隣の家を見るための場所ではなく、
空を見るための場所。
そこに光が入り、風が通り、時間によって空の表情が変わる。
密集地だから開放感がないのではなく、
開く方向を変えてみる。
遠くまで視線を抜くことができなくても、上には空があります。
周囲の住宅に囲まれた土地だからこそ、周囲を気にせずに暮らせる場所を、家の中につくることができました。

土地探しをしていると、
南側が開いている。
道路が広い。
整形地である。
庭が取れる。
そんな条件に目が向きます。
もちろん、それは大切なことです。
でも、すべての土地がそういう条件を持っているわけではありません。
旗竿地だったり、周囲を住宅に囲まれていたり、少し狭かったり。
一見すると、「条件が悪い」と思える土地もあります。
でも、建築を考えるときには、その「ないもの」を補うことだけが答えではないと思っています。
周囲に家がある。
だから、視線を遮ることができる。
地面では開きにくい。
だから、暮らしを上に持ち上げる。
遠くまで見えない。
だから、空を見る。
そうやって、その土地にすでにある条件をひとつずつ読み替えていく。
この家は、そんなふうにできていきました。
私が家を設計するとき、周囲に馴染むことと、そこに暮らす人らしい家であることは、どちらか一方ではないと思っています。
街に馴染んでいるけれど、どこにでもある家。
それでは少し違う。
その人の暮らしがあって、その家にしかない場所がある。
それでいて、街の中に置かれたときには、ちゃんと周囲の風景の一部になっている。
この家では、外観を無表情にしました。
そこに左官職人の手の表情を残しました。
そして、艶のある黒によって、空や光や隣家を映しました。
建物そのものが周囲の環境を受け取りながら、少しずつ表情を変えていく。
一方で、その内側には、周囲を気にせず暮らせるSKY-DECKがある。
振り返ってみると、
「周囲に馴染むこと」と「その家らしさ」を、どう両立させるか。
それを考えた家だったのだと思います。
15年前に設計した家を、今あらためて見返す。
もちろん、今なら違う方法を選ぶところもあると思います。
建築は、その時代や社会、暮らし方と一緒に変わっていくものです。
それでも、ひとつ変わっていないと思うことがあります。
その土地に馴染むこと。
そして、そこに暮らす人らしい家であること。
当時はそれを言葉にしていたわけではないかもしれません。
でも、写真を見返していると、考えていたことはちゃんと建物に残っているように感じます。
それが少し嬉しくもあります。
15年前の自分が考えていたことを、今の自分がもう一度見ている。
そうすると、変わったところと、変わっていないところの両方が見えてきます。
土地探しでは、どうしても「条件の良い土地」から探してしまいます。
それは当然のことだと思います。
でも、条件の良い土地だけを見ていると、いつの間にか土地探しの選択肢は狭くなってしまいます。
旗竿地。
密集地。
狭い土地。
周囲を住宅に囲まれた土地。
そんな場所にも、その土地だからできる暮らしがあります。
大切なのは、
「この土地に何が足りないか」だけを見るのではなく、
「この土地には何ができるのか」を考えてみること。
土地を見たときに、そこに建つ家まで一緒に想像してみる。
そうすると、これまで「候補から外していた土地」の中にも、少し違った可能性が見えてくるかもしれません。
土地探しについては、以前の記事でも「土地だけではなく、建築と一緒に考える」という視点について書いています。
この家を設計してから、15年ほどが経ちました。
あらためて写真を見ると、黒い外壁に映り込む空や光、周囲の住宅。
その中に、少しずつ建物の存在が溶けているように見えます。
そして、その内側には、周囲を気にせず空を感じながら暮らせる場所がある。
土地だけを見れば、決して恵まれた条件ではありませんでした。
でも、その条件があったからこそ、この家の形になった。
そう考えると、
土地の価値は、土地だけでは決まらない。
その場所にどんな建築を置くのか。
そして、そこでどんな暮らしをつくるのか。
そこまで考えてみると、土地探しの見え方は、もう少し変わってくるのかもしれません。
「良い土地」と呼ばれていない土地の中にも、まだ見えていない可能性がある。
そんな可能性を見つけることも、建築家の仕事のひとつなのだと思います。
コンテナデザイン きしもとたかのぶ
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